先週、広島、名古屋、大阪と出張で回った。
夜になると、自然と足は餃子屋に向かい、気がつけば何軒もハシゴしていた。
そこで目にした光景が、少し印象的だった。どの店にも共通していたのは、とにかく若者が多いということだ。女子だけのグループ、男子だけのグループ、そして男女のグループ。笑い声が絶えず、テーブルの上には各種餃子や小皿料理と、大きなグラスのお酒が並んでいる。
正直、少し意外だった。餃子といえば、どこか「仕事終わりの一杯」というイメージが強かったからだ。スーツ姿のサラリーマンがビール片手に立ち寄る、そんな風景を思い浮かべていた。
しかし、今の餃子屋は違う。メニューは決して多くない。水餃子、焼餃子、創作系餃子。それに手頃な小皿料理がいくつか並び、主役はあくまで餃子だ。
メニューブックが薄く、選択肢が多すぎないことで、迷わない。客単価が2000円〜3000円で、価格も重くないから、気軽に入れる。
そして、餃子は自然とシェアされ、会話が生まれる。気づけば、「何を食べるか」よりも「誰と過ごすか」が主役になっている。
ふと思った。
餃子屋は、食事の場所というより、“ちょうどいい距離感の場”になっているのではないかと。
頑張りすぎなくていい。
背伸びもしなくていい。
でも、ちゃんと楽しい。
そんな場所を、今の若者は求めているのかもしれない。
実は、この変化は自分の店でも感じている。清緑園でも、最近は若いお客様が増えてきた。中でも印象的なのは、餃子だけを楽しんでいるカップルの姿だ。料理をたくさん頼むわけでもなく、餃子と小皿料理を何皿注文して、ゆっくり話しながら過ごしている。
その光景を見ていると、少し嬉しくなる。餃子という、とてもシンプルな料理が、誰かと過ごす時間を、少しだけ豊かにしている。もし今、餃子屋に若者が集まっている理由があるとすれば、それは味や価格だけでは説明できないのだと思う。
餃子は、ただの食べ物ではなく、人と人との“間”をつくる料理なのかもしれない。そしてその“間”こそが、今いちばん求められているものなのではないだろうか。
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