2月17日、中国では春節を迎え、旧暦の2026年が始まった。
除夕の夜、家族のいるスタッフは早めに帰らせ、初めて家族と離れて日本で春節を過ごす一人のスタッフを食事に誘い、「年夜飯」を一緒に囲んだ。
「年夜飯」とは、大晦日に家族そろって食べる夕食のことを指す。家族が集まることから、「团圆饭」とも呼ばれる。
ご飯は毎日食べるものだ。それでも「团圆饭」は、もう20年以上口にしていなかった。
子どもの頃、除夕はいつも父方の家族と一緒に過ごした。祖母の家に親戚が集まる。祖母の家には昔ながらの「炕(オンドル)」があった。あまり広くはないその炕で年夜飯を食べ、その後、テーブルを二つ並べて大人たちは麻雀を始める。子どもたちは炕の一角に集まり、テレビを見ながらナツメの天ぷらや飴を食べる。やがて睡魔に襲われ、いつの間にか眠ってしまう。
零時になる前、熟睡している子どもたちは起こされる。年越しの餃子を食べるためだ。零時に爆竹を鳴らすのも子どもたちの役目だった。あのときの水餃子の味、爆竹の音、皆の笑い声――それらは「年味」となって、今も私の記憶に深く刻まれている。
初めて家族と離れて日本で春節を迎えるそのスタッフは台湾出身だ。一緒に年夜飯を囲みながら、互いの春節の記憶を語り合った。意外なことに、二人とも春節の記憶は子どもの頃で止まったままだった。
大人になってからの春節を思い返そうとしても、はっきりとした情景は浮かんでこない。忙しさの中で、いつの間にか通り過ぎていっただけなのかもしれない。
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