先日、横断歩道で信号が変わるのを待っていたときのことだった。
向こう側に立つ女性の姿を見つけた。清緑園の常連だったご夫婦の娘さんだった。青信号に変わった瞬間、気がつけば早足で近づいていた。
「お久しぶりです」と短い挨拶を交わしたとたん、ふたりとも涙を流した。
娘さんのご両親は、清緑園をオープンした頃から通ってくれていた。
酢豚を気に入り、「今日もこれにしようか」と微笑むお父さん。そして、静かにうなずくお母さん。おふたりが店にいる間に、店内がふんわりとやさしい空気に包まれるようだった。
ある日のこと、忙しさのあまり焼き餃子を出し忘れてしまった。
本来なら催促されても仕方がない場面だったが、おふたりは黙って静かに待ってくれていた。餃子の出し忘れに気づき、慌てて駆け寄り、申し訳ないと伝えたとき、お母さんは笑って一言。「大丈夫よ、気にしないんで」
あの笑顔に救われたのはこちらのほうだったと思う。
年月が経つにつれ、お母さんの足取りはゆっくりとなり、杖をついて来店するようになった。娘さんや息子さんと一緒に来られることも増えたが、相変わらず酢豚が好きだった。
そのうち、来店の間隔が徐々に空き、やがてぱたりと姿を見なくなった。気になりながらも、事情を尋ねる勇気は持てなかった。
そして、この日。横断歩道の前で娘さんから静かに告げられた。
「実は……母は今年の5月に亡くなりました」
「今はまだ、清緑園に行くと母のことを思い出して、涙が出てしまいそうで行けないんです」
店を続けていると、こうした別れが少しずつ増えていく。
嬉しい出会いに励まされる日々がある一方で、もう一度会いたくても会えないお客さんも増えていく。
店という場所は、ただ料理を提供する場ではなく、その人の人生の一部と静かに重なり合う場所でもあるのだと感じさせられる。
それでも、心の奥では願っている。
時間が少しずつ悲しみをやわらげ、娘さんがいつか「久しぶりに行ってみようかな」と思える日が来ることを。
コメント