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懐かしい停電の夜

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 ある日、仕事が終わり、パソコンを閉じ、目を瞑って、椅子にもたれた。
そのとき、ふとこんな考えが頭に浮かんだ。「そういえば、ずいぶん長い間、停電ってしていないな。」

正確に言えば、「停電がなかった」というより、「停電を“感じる”ことが、しばらくなかった」のかもしれない。今なら、たとえ停電しても、スマートフォンの残りの電池を頼りに、音楽を聴いたり、ショート動画を眺めたりして、なんとなくその時間をやり過ごすのだろう。

 でも、昔は違った。あの頃の停電には、あの頃ならではの温もりがあった。

 小学生の頃、ある晩、停電したことがある。やることもなく、家族全員で早めに寝ることになった。私は「暗いのが怖い」と言って、両親の布団に潜り込んだ。父と母のあいだに寝転ぶと、父が「何か歌って」と言い、母も「歌って、歌って」と続ける。そうして始まった小さな“停電コンサート”は、私が数曲歌い終えたところで幕を閉じ、そのまま私は、両親に挟まれて、いつの間にか眠ってしまった。

 小学三年生の夏休みは、お婆ちゃんの家で過ごした。ある夕暮れどき、そこで停電に遭った。お婆ちゃんと一緒に小さな腰掛けを運び、ベランダに座る。お婆ちゃんは団扇で風を送りながらマクワウリを食べ、蚊に刺されないようにと、ヨモギの束に火をつけてくれた。階下では、アヒルたちがガーガー鳴きながら、スイカの皮をついばんでいる。その賑やかな音を聞きながら、私は、星のようにちらちらと瞬くヨモギの火を、ぼんやりと眺めていた。

その夏休みが終わると、私の転校が決まっていた。なぜだかそのとき、一緒に遊んでいた友だちの名前が、次々と頭に浮かんできた。ずっと後になって、転校先は実はそれほど離れていなかったと知った。けれど、あの停電の夕暮れに私が抱えていたのが「転校したら、もう二度と会えないかもしれない」という思いだった。

 高校の頃。夜は毎晩、学校で自習をしていた。二年生のときと三年生のとき、それぞれ一度ずつ停電を経験した。思春期まっただ中の私たちにとって、停電は大した出来事ではなかった。真っ暗な教室は、いつの間にか小さなコンサート会場に変わる。皆で知っている歌を、一緒に歌ったりもした。あのとき、もし映像を残せる機材があったら。今もときどき、その瞬間を取り出して、懐かしむことができたのかもしれない。

 たまに、停電もいいなと思う。一時停止のボタンを押して、誰かとかけがえの時間を過ごす。

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