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それでも、ニコニコ顔で

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   彼女がこの世を去ったと知ったのは昨日のことだった。つい先月16日に会ったばかりだったので、信じられなかった。信じたくもなかった。仕事中だったが、どうしても集中することができなかった。

  彼女と接点を持つきっかけは、巣鴨餃子だった。事業を立ち上げた際、以前、就職活動のときにお世話になった先生のご紹介で知り合った。岩下宣子さんである。

  彼女はいつも、「史可さんの餃子、最高です!皆がハッピーになる、ありがとう」と声をかけてくれた。そして、巣鴨餃子をいろいろな方に贈っては、「みんながとても喜んでくれたよ」と報告のメールをくれた。
 
   あの頃、彼女の言葉にどれほど励まされ、自信をもらっただろう。

   あるとき、仕事の疲れから「どこかに遊びに行きたいな」と弱音を吐いたことがあった。そのとき、彼女から届いたメールには、こう書かれていた。
「史可さん、本当に一生懸命ね。
 人生には、いろいろな時期(期間)があるように思います。
 よく遊び、よく遊んだ時期(子供時代・学生時代)もあったでしょう。
 今は、一生懸命働く時期なのだと思います。
 目の前にあるものを一生懸命やっていけば、
 いつか頂上に出られる。
 頑張ってください。応援しています。」

   この言葉を胸に、いつか頂上に出られるようにと、今も毎日を積み重ねている。

    彼女と初めて会ったのは、2021年10月15日だった。自宅に招いてくださり、うなぎ丼をご馳走してくれた。帰りには駅まで送ってくれて、まるで自分の子どもに接するように、地下のスーパーでたくさんのお菓子を買って持たせてくれた。

   年齢を越えた友人関係、いわゆる「忘年交」。
   いつの間にか、そんな言葉が自然に当てはまる存在になっていた。

   以前、清緑園のブログで『人生は、ニコニコ顔の命がけ』という題名の記事を書いたことがある。

   これは、彼女がメールの中でよく使っていた言葉だ。

   この一文が、今も静かに胸に残っている。
人生は決して楽なものではない。
命がけの瞬間も、きっとたくさんある。
それでも、ニコニコ顔で。
彼女がそう生きてきたように。

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