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餃子に宿る手仕事の美

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    先日、本を読んでいて「わび・さび(侘び寂び)」という日本語を知った。響きの美しさに惹かれて調べてみると、それは日本独特の美意識と価値観であり、茶道や俳句、庭園、焼き物など、日本の伝統文化の中に深く根づいていることを知った。

    その説明を読んでいると、私は以前旅先で訪れたお寺の庭園や古い石垣街道の風景を思い出した。言葉ではうまく言えないが、あの風景を見た瞬間に感じた心の静けさは今も蘇る。

    「侘び寂び」の考え方とは、不完全の美、時の積み重ね、静けさと余白、そして儚さの受容だという。

   「侘び寂び」は日本の哲学であり、奥深い思索を語るときに使われる言葉であり、安易にこの言葉を使うべきではないと思う。ただ、その考え方の一部が、自分の事業とも通じるものがあると感じた。

    冷凍餃子事業を始めてから、よくこんな助言をいただく。

  「機械を導入して大量生産すれば効率が上がり、安く大量に売れる」と。確かに合理的な考え方だ。けれど、私はそうしようと思ったことはない。

   その理由をこれまでうまく言葉にできなかったが、「侘び寂び」という意味を知り、この言葉がその理由の一端を表してくれるのではないかと思った。

   私たちの手作り餃子も、ひとつひとつ形が少しずつ違い、包む人の指の跡や力加減が餃子の表情をつくる。

   工場で大量生産されたもののような均一さはないが、その不揃いの中から温かみと味わいが生まれる。

   包む時間、茹でるときの湯気、食卓を囲む笑顔――それらすべてが、忙しい日常の中にぽっかり生まれる“余白”なのではないだろうか。

   何よりも、お婆ちゃんの味を、しっかりと自分の手で再現でき、時が経った今、そのやさしさを皆に感じてもらえるようになった。これが嬉しい。

   侘び寂びという言葉を餃子に直接あてはめることはできないが、その考え方の一部は、確かに私たちの餃子作りにも息づいていると思う。

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